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デンマーク ・ ヘルシンガーからの便り  51

「ヘニング・ラーセンのオペラハウス」

2018/4/15小野寺綾子 / ヘルシンガー


2017年の大晦日に、久しぶりにヘニング・ラーセン事務所が設計したオペラハウス(Operaen, オペラエン)でニューイヤーコンサートを聞きました。 アマリエンボー王宮の目の前にある巨大なオペラハウスは、建物の内部の空間は素晴らしいです。 しかし、外見は何度見ても好きになれません。 広く平らな屋根、曲線を描くガラスのファサードに何重にも目隠しをしたような形は威圧感があり、バランスが悪いです。 オペラハウスは巨大なモニュメントとして、周辺にある建物とそぐわず、一際目立っています。 その形からパンを焼くトースター、野球帽みたいだと言われています。

1992年に作られたオペラハウスのモデルを見ると、大きな水平の屋根のプロポーションは変りませんが、ファサードはガラス覆われ、屋根を支える柱がすっきりしています。 中の楓の木で覆われた大きな球形のホールが、オペラハウスの核です。 ヘニング・ラーセンはオペラハウスを光りに溢れた彫刻として、水面に建物からの光が映ることを描いていました。

ヘニング・ラーセン(Henning Larsen 1925-2013 以下HLと略す)の設計した建物は、装飾を排除した直線、建物の中の光を大事にしながら機能的な建物が多いです。 このオペラハウスは野暮ったいです。 その理由は施主の側の強い決定権と干渉の末に完成した妥協的な作品だからです。 HLにとって長いキャリアの中で非常に不満足な建物なので、代表作として取り扱われるのは、好きではなかったかもしれません。
HLは デンマークを代表する建築家の一人でした。 2012年高松宮殿下記念世界文化賞を受賞し、2013年に88歳でなくなりました。 ヨーン・ウッソンより少し下の世代の建築家で、デンマーク国内はもとより、英国、サウジアラビア、スウエーデンなどに教育、公共施設などたくさん代表作があります。

オペラハウスの面積は、41000u、ビルの高さとしては、地下5階、地上9階の14階分です。 中のホールは馬蹄型をしています。 バルコニーは3階まであり、客席は1500席で、ゆったり座れます。 建物の中に入ると、吹き抜けで天井からデンマーク生まれのアイスランド出身の国際的な作家、オラファー・エリアソンがデザインしたモザイクのようにガラスがはめ込まれた3つの球形のランプが下がっています。 光によって屈折するガラスの色が変るので万華鏡のように輝いて美しいです。 このガラスの作品で、エリアソンの名前を知った人が多いでしょう。 上部層にはホールに行くための長い渡り階段が交差しています。 目隠しをしたガラスの間から見る運河越しのコペンハーゲンの風景は、360度パノラマです。 オペラハウス、王宮、その後ろのある大理石教会が一直線で並んでいます。 建物の外側面、床やトイレは大理石がふんだんに使用されて豪華です。

オペラハウスの後ろには元海軍の建物を再利用した王立芸術アカデミーの建物や教育施設、こぎれいなアパートがあります。 最近はニューハウン側から新しい橋が掛りましたが、立地条件がよくありません。 冬は海からの風が非常に強いです。 市内にある王立劇場は公演後、歩いて近くの喫茶店で舞台の感動や余韻を話すことが出来ます。 オペラハウスのあたりは広い駐車場とバス停以外なにもないので、公演が終わったら一目散に家路を急ぐしかありません。

オペラハウスは、当時デンマーク一番の大富豪であった海運業マースクの社長、マースク・マッキニー・ムラー(Maersk Mc-Kinney Moeller 1913-2012)氏のA.P. Moeller 財団(以下A.P.M財団)が250ミリアードクローネ(約460億円)の資金を出して建て、2004年10月に建物を国に寄付したものです。 オペラハウスのプロジェクトは最初からムラー氏とA.P.M財団が主導権を握り、話が進んで行きました。 1999年財団はアマリエンボー王宮の運河を挟んだ、ドンクンと呼ばれた長く放置されていた土地を買い、その土地にオペラハウスを建築することを決定しました。 コンペは時間が掛るので、2000年に過去にマースクの建物を設計したことがあるHLをオペラハウスの設計に指名しました。 工事は4年間で終了することでした。

手元に、2009年に出版されたHLが書いた「De skal sige tak!」(貴方は、ありがとうと言うべきという意味)というオペラハウスの建築の裏話を暴いた本があります。 本は140ページの小さい本で、副題は「オペラハウスについて文化的遺言」です。 表紙はオペラハウスに向かうHLを後ろ側から撮った写真が使われています。 内容は、オペラハウスを注文した施主への強い批判です。 表題の「De skal sige tak!」と言う言葉は、社長のムラー氏が、会議中にHLに向かって言った言葉です。 社長のムラー氏はあなたという意味のduという言葉ではなく、尊敬語のDeを使っていました。 HLこそがムラー氏にたいしてオペラハウスを建設することに感謝をするべきだという意味合いが含まれています。

オペラハウスが完成した時、HLとA.P.M財団の間になにか有ったと噂されましたが、事実はマスコミにも知らされていませんでした。 2001年からのオペラハウスの設計打ち合わせ段階で施主とどんなやりとりが有り、どんなことが話し合われたのか。 HL側の意見はとはほど遠いA.P.M財団側との意見の対立。 設計を依頼した側の金へのこだわり。ムラー氏はどんな人なのか。 彼とA.P.M財団からどんな屈辱的な扱いをされたのか。 この本はその課程でかわされた手紙や文書も記載した暴露本です。 HLは財団から公にオペラハウスについて発言してはいけないという契約書があるので沈黙を守っていましたが、建物は国に移管されたので、やはり真実を公表したいという希望でこの本の出版になりました。 マースク社で行なわれた会議で財団側に困惑するHLや逆にHLに苛立つムラー氏の態度、発言内容やイエスマンの財団の人など臨場感があって面白いです。

本文では、HLは前もってムラー氏や財団が建物の受け渡し時期に圧力をかけたり、建物の材料決定、芸術装飾など細部まで細かく口をだしてくるのが分かっていたら、オペラハウスの設計は引き受けなかったと書いています。 HLは建築家としてのプライドがあります。 ムラー氏が一番こだわったのが、ガラスのファサードにスチールで何重にも目隠しをすることでした。 光溢れるガラスの建物を逆に見えないように隠すのです。 その理由は、ムラー氏は特に言及していませんが、オペラハウスが王宮の目の前にあるので、女王に対しての配慮です。 マースク本社は王宮と同じ並びにあり、ムラー氏は女王や王室と非常に親しかったです。 A.P.M財団は王宮の広場にある像や周りの公園も整備しています。 残念ながら目隠しした部分は、契約書があるのでムラー氏の死後でも変えられません。
なぜ途中で仕事を辞めることができなかったかという疑問があります。 契約書には、辞めたら賠償金を払うことでした。 HLは事務所に多くの所員を抱えていたので、経済的な理由からそれは出来ませんでした。

HLは施主を「オペラ座の怪人」と比喩して、建築が分からない権力者と呼んでいます。 社長として自分の意見を通してきた人であると述べています。 HLは自分を取り扱った映画記録でもムラー氏は独裁者で、民主的なデンマークで独裁的なことを行なったと批判しています。 ジャーナリストもムラー氏が怖くて批判をせず、ムラー氏を批判した自分は、小さい魚だったと自嘲しています。

HL事務所のオペラハウス設計グループが、完成した建物を見ることができたのは、2004年10月に正式にオペラハウスが国に移った後でした。 2005年1月15日にあったオープニング式典で、HL夫妻にあてがわれた席は格下の2階のバルコニー。 ムラー氏のスピーチでは建築家HLに対する賞賛や感謝はありませんでした。

この暴露本が出版されてから、HLの設計事務所のパートナーが緊急記者会見を開いて、この本の出版についてはパートナーの関知しない中に起こったことなので、施主や設計事務所の信用問題に関わるために謝罪しました。
HLの死後、彼の事務所は,波のような形をしたダイナミックなアパートや、レイキャビックにあるオペラハウスなど良い建物を設計しています。

写真は全て小野寺綾子氏撮影
全ての内容について無断転載、改変を禁じます。

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アマリエンボー王宮広場の銅像から、王宮の建物の奥にオペラハウスを見る。この銅像は、A.P.M財団が修理した。

■ アマリエンボー王宮広場の銅像から、王宮の建物の奥にオペラハウスを見る。
この銅像は、A.P.M財団が修理した。

■ アマリエンボー王宮広場の銅像から、王宮の建物の奥にオペラハウスを見る。
この銅像は、A.P.M財団が修理した。

オペラハウスの外観。広い屋根とガラスのファサードの建物の光が漏れないように、目隠しをしたような形が特徴。

■ オペラハウスの外観。広い屋根とガラスのファサードの建物の光が漏れないように、目隠しをしたような形が特徴。

■ オペラハウスの外観。広い屋根とガラスのファサードの建物の光が漏れないように、目隠しをしたような形が特徴。

右側がオペラハウスの中核になる楓の板で覆われたホール。ホールを結ぶ廊下が空間に幾重にも重なる。

■ 右側がオペラハウスの中核になる楓の板で覆われたホール。ホールを結ぶ廊下が空間に幾重にも重なる。

■ 右側がオペラハウスの中核になる楓の板で覆われたホール。ホールを結ぶ廊下が空間に幾重にも重なる。

建物の空間は広く、オラファ・エリアソン作の3つの万華鏡のランプが光り輝く。

■ 建物の空間は広く、オラファ・エリアソン作の3つの万華鏡のランプが光り輝く。

■ 建物の空間は広く、オラファ・エリアソン作の3つの万華鏡のランプが光り輝く。

馬蹄形をしたホールと3階まであるバルコニー。

■ 馬蹄形をしたホールと3階まであるバルコニー。

■ 馬蹄形をしたホールと3階まであるバルコニー。

正面のステージ。

■ 正面のステージ。

■ 正面のステージ。

目隠しをしたような外観。

■ 目隠しをしたような外観。

■ 目隠しをしたような外観。

目隠しをしたファサードから見える運河、アマリエンボー宮殿、大理石教会。

■ 目隠しをしたファサードから見える運河、アマリエンボー宮殿、大理石教会。

■ 目隠しをしたファサードから見える運河、アマリエンボー宮殿、大理石教会。

ヘニング・ラーセンが口述したのを妻が文書化した暴露本。<br>
オペラハウスに向かうHLの後ろ姿が表紙に使われて居る。

■ ヘニング・ラーセンが口述したのを妻が文書化した暴露本。
オペラハウスに向かうHLの後ろ姿が表紙に使われて居る。

■ ヘニング・ラーセンが口述したのを妻が文書化した暴露本。
オペラハウスに向かうHLの後ろ姿が表紙に使われて居る。

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