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デンマーク ・ ヘルシンガーからの便り  40

「ハンス・ウェグナー生誕100年記念展覧会」

2014/4/29小野寺綾子 / ヘルシンガー

今年はデンマークの代表的な家具デザイナー、ハンス・ウェグナーHans Wegner (1914-2007)の生誕100年に当たります。 デザインミュゼウム(元工芸美術館)で4月3日から11月まで生誕100年を記念して「ウェグナー、副題:ただの一脚の良い椅子」
(英語題 Wegner just one good chair 、デンマーク語題Wegner bare een god stol) という大規模な展覧会が開かれています。

ウェグナーの展覧会のオープニングは、誕生日である4月2日の夕方からデザインミュゼウム2階の大ホールでありました。 展覧会は修業時代からほぼ年代順に構成され、ウェグナーがデザインしたたくさんの椅子や机、ランプなど114点と18点の参考作品を合わせて合計132点が展示されています。

展覧会の入口では、ウェグナーがデザインした椅子に囲まれている大きなパネル写真が展示されています。 ウェグナーは、南ユトランドで靴職人の子供として生まれました。 最初の展示品に、ウェグナーが修業時代に作ったロダンの彫刻を思わせる情熱的な木彫の女性像があります。 ロイヤルコペンハーゲンの焼き物に魅せられて作った像です。 10代でもみごとに形を把握する造形力があるので、彫刻家になっても大成出来たかもしれません。 カタログで紹介されているウェグナーが描いた椅子、ランプや室内の水彩画は、フィン・ユールなど建築家が描いたように上手な絵です。

展示はさらに、1939年のニュボー図書館の椅子制作やアーネ・ヤコブセンが設計したオーフス市庁舎のための椅子。 1953年にアメリカ旅行でイ—ムズ夫妻に会った出来事。 アメリカでフランク・ロイド・ライト設計の落水荘に滞在する機会があり、ライトの影響を受けて3年がかりで自宅を設計したこと。 その新しい家に置いた家具など、彼がどのように長い間仕事を続けていたのか順を追って分かるようになっています。 ボ—エ・モ—エンセンに息子が誕生した時、お祝のために制作した子供用の椅子と机は、はめ込み式で作られ、椅子を解体したものが壁にはってあります。

展覧会の見どころは、やはりウェグナーの代表作とその元になったオリジナルの椅子の比較でしょう。
ウインザ—椅子、シェイカ—椅子やチャイニーズ椅子のオリジナルが展示され、ウェグナーがどのようにオリジナルの椅子から啓発されて、椅子をデザインしたかが分かります。 デザインミュゼウム所蔵の幾つかの中国製椅子、アーネ・ヤコブセンが1934年にデザインした中国風椅子が展示されています。 彼が1950年に制作したYチェアは、チャイニーズ椅子の変遷で生まれた椅子の一つです。 ウェグナーはYチェアからさらに1988年PP51というY形の背もたれがある3本足の椅子をデザインしています。 ラウンドチエアと呼ばれる肘かけ椅子シリーズで有名な椅子は、1949年に発表した「ザ・チェア」と呼ばれる椅子です。 このシリーズでも8点ほど似たような椅子がつくられています。

展覧会会場で、私の知人と話していた家具工房PPムブラ—のアイナー・ピーターセン(Ejnar Petersen)は、長年ウェグナーと仕事をした人です。 彼は、展示してある肘かけ椅子の一つを指さし、「あれは私とウェグナーが作った最高の椅子だ」と言っていました。 「明日(4月3日)私の本が出版されるんだ」と、語っていました。 後日調べたら、手仕事と人生でやるべき事というような題で、ジャーナリストが書いたアイナ—・ピーターセンの評伝です。

展覧会の最後には、ウェグナーの椅子からインスピレーションを受けたデザイナーがデザインした椅子があります。 チャイニーズ椅子から影響を受けたイエスパー・モリソンの椅子。 深沢直人の「広島の椅子」は、ザ・チェアからのインスピレーションを受けています。 安藤忠雄が2013年にウェグナーにオマージュを捧ぐという題の「ドリームチェア」をデザインしています。 残念ながらその椅子の展示はありません。
各展覧会部屋に、真新しいウェグナーがデザインした椅子があり、見学者が実際に座ってみて、座り心地を楽しめるようになっています。 デザイナーは作品を作る時、たくさん構想のスケッチをします。 展覧会では、数枚のオリジナルのスケッチやパネルにスケッチのコピー展示がありますが、もっとウェグナ—のオリジナルのスケッチが見たかったです。

展覧会のカタログは、大型で230ページの厚さです。 デンマーク語と英語版があります。カタログは、ウェグナー展の責任者であるデザインミュゼウムのクリスチャン・ホルムステッド・オルセン( Christian Holmsted Olesen)が、2006年に書いたデンマークの著名なデザイナー作家シリーズの一つである「ハンス・ウェグナー」の本をもとに、内容をさらに膨らませたものです。 たくさんの図版は入っているものの、記述事項はほぼ同じです。 展覧会の形式もその本とだいたい同じ構成になっています。

デンマーク人にとって、ウェグナーのチャイニーズ椅子やザ・チェアの名称がある椅子は高根の花です。 Yチェアはヤコブセンのセブンのように大量生産されているので値段も手ごろで、一般に普及していますが、それ以外の椅子になると頻繁に公共の場所や個人宅で見ることはあまりありません。 展覧会の責任者は、カタログの中で、日本でウェグナーのYチェアが圧倒的な人気がある理由について、日本人は木工芸の伝統があるので木に親しみを持っているが、椅子の伝統がないためと分析しています。

ウェグナーの椅子の制作をしているPPムブラー(PP Moebler)では、ウェグナーの椅子を生前ウェグナーの協力のもとに、ロボットを導入して型になる木を切り、かなり機械化が進んでいます。 最終的な仕上げは職人の手になると過程が多いため、値段も高く、高級家具として売られています

Yチェアの生産で知られているカール・ハンセン & ソン(Carl Hansen & son)は、最近コペンハーゲン市内のブレゲード(Bredegade)にショールームを出しました。 この通りはアマリエンボー王宮の近くにある高級街で、デザインミュゼウムや有名なオークションハウス、高級骨董店、画廊が立ち並びます。 カール・ハンセン & ソンは、2011年にコーレ・クリント(Kaare Klint)やモーエンス・コッチ (Morgens Koch)の高級家具製造で知られている老舗ルド・ラスムセン(Rud Rasmussen)とオーレ・ウエンシュラ(Ole Wanscher)作のコロニアルチェアなどを製造するPJファニチャー(P.J Furniture)を傘下に置き事業を拡大しています。

今年はハンス・ウェグナーと良く比較されるボーエ・モ—エンセン(Borge Mogensen 1914-1972)も4月13日が生誕100年記念にもあたり、1月からユトランドのトラフォルト(Trapholt)美術館で展覧会が開かれています。

二人の息子が生誕100年に際してラジオで父ボーエ・モ—エンセンについて知られざる面を語っていました。 ボーエ・モ—エンセンは、北ユトランドの宗教色が強い禁欲的な家庭に育ちました。 父は息子を鞭で打ったそうです。 両親は、家具職人になりたい息子の夢に無理解でした。 コペンハーゲンに出て家具デザイナーとして成功してから、素晴らしい仕事を残した代わりに、ストレスでうつ病とアルコール乱用に苦しみました。 飲酒運転で2ヵ月間刑務所に入ったことがあるそうです。

ボーエ・モ—エンセンは、1960年代半ばにコペンハーゲンの多忙な生活に疲れてしまいました。 やり直しをしたいという希望で、ユトランドのビボー(Viborg)の北、リンフィョルドの入江に近い場所に農家を買って改築したのですが、病気になり、生前はその家に住むことはできませんでした。 息子は、父が58歳で若くして亡くなったのは、仕事で心身とも疲れてしまったからだと言っていました。 現在息子の一人は、父が住めなかったリンフィヨルドの家に住んでいます。 息子たちは、ボーエ・モ—エンセンの映画を作っているとのことです。どんな映画ができるのか、とても興味があります。

写真は全て小野寺綾子氏撮影
全ての内容について無断転載、改変を禁じます。

enlargeenlarge  写真はクリックすると拡大します。

ウェグナ—が自分の椅子に座る写真パネルがある、展覧会入口。

■ ウェグナ—が自分の椅子に座る写真パネルがある、展覧会入口。

■ ウェグナ—が自分の椅子に座る写真パネルがある、展覧会入口。

手前の赤い板の上にシェイカ—椅子のオリジナル。後ろにウェグナ—が作成した椅子がある。

■ 手前の赤い板の上にシェイカ—椅子のオリジナル。
後ろにウェグナ—が作成した椅子がある。

■ 手前の赤い板の上にシェイカ—椅子のオリジナル。
後ろにウェグナ—が作成した椅子がある。

シェイカ—椅子ができるまでの過程をしめしたパネル。

■ シェイカ—椅子ができるまでの過程をしめしたパネル。

■ シェイカ—椅子ができるまでの過程をしめしたパネル。

手前赤い板の上:<br>
左側中国椅子、中央1934年にアーネ・ヤコブセンがデザインした中国椅子。右側1930年にソーレン・ハンセンがデザインし、フリッツハンセン社が作ったダンストールと呼ばれる椅子。<br>
後ろはウェグナ—のチャイニーズ椅子シリーズ。

■ 手前赤い板の上:
左側中国椅子、中央1934年にアーネ・ヤコブセンがデザインした中国椅子。右側1930年にソーレン・ハンセンがデザインし、フリッツハンセン社が作ったダンストールと呼ばれる椅子。
後ろはウェグナ—のチャイニーズ椅子シリーズ。

■ 手前赤い板の上:
左側中国椅子、中央1934年にアーネ・ヤコブセンがデザインした中国椅子。右側1930年にソーレン・ハンセンがデザインし、フリッツハンセン社が作ったダンストールと呼ばれる椅子。
後ろはウェグナ—のチャイニーズ椅子シリーズ。

チャイニーズ椅子シリーズのYチェアと、手前は1988年制作の3本足のYチェア。

■ チャイニーズ椅子シリーズのYチェアと、手前は1988年制作の3本足のYチェア。

■ チャイニーズ椅子シリーズのYチェアと、手前は1988年制作の3本足のYチェア。

何枚か展示されている家具スケッチ。

■ 何枚か展示されている家具スケッチ。

■ 何枚か展示されている家具スケッチ。

。何種類もあるアームチエアシリーズ。

■ 何種類もあるアームチエアシリーズ。

■ 何種類もあるアームチエアシリーズ

友人のボーエ・モーエンセンの息子が誕生した時に贈った、子供用の椅子と机。

■ 友人のボーエ・モーエンセンの息子が誕生した時に贈った、子供用の椅子と机。

■ 友人のボーエ・モーエンセンの息子が誕生した時に贈った、子供用の椅子と机。

展覧会会場では、見学者は色々な椅子に座って居心地を楽しめる。天井から下がっているランプもウェグナ—のデザイン。

■ 展覧会会場では、見学者は色々な椅子に座って居心地を楽しめる。天井から下がっているランプもウェグナ—のデザイン。

■ 展覧会会場では、見学者は色々な椅子に座って居心地を楽しめる。天井から下がっているランプもウェグナ—のデザイン。

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