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デンマーク ・ ヘルシンガーからの便り  27

「4人の建築家が設計した自宅 その 3」

2011/6/20小野寺綾子 / ヘルシンガー

1992年にバートル・ウッセンが亡くなった時、新聞の建築評論家はバートル・ウッセンのことを「デンマークの一戸建て住宅の父が亡くなった」と、形容し死を悼みました。
バートル・ウッセン(Bertel Udsen 1918-1992)は、1943年に王立アカデミーの建築科を卒業しました。
デンマークとスウエーデンの設計事務所で働いた後、1956年に自分の事務所を開いてから生涯に350戸ほどの個人住宅と別荘を設計しました。
戦後1950年代から1970年代にかけて経済が大きく発展すると、個人所得が増え住宅ブームが起こりました。 デンマーク人は郊外に一戸建ての家を購入したり、集合住宅に移りました。

2001年にRealdania byg の親会社Realdaniaがバートル・ウッセンの家を買いました。
コペンハーゲン郊外、リンビュー市の閑静な住宅地にあるウッセンの自宅は1956年に建てられ、ウッセンは74歳で亡くなるまで、この家で暮らしました。
家の外壁はデンマークの伝統な黄色いレンガを使っています。 水平な黒い屋根、黒く塗られた木の軒、茶色の窓枠の家は色を抑えながらシンプルで重厚です。 前庭にある車庫も家と同じ黒と茶色で統一してあります。 玄関に付けられた木組のランプの装飾を見ると、フランク・ロイド・ライト風です。 ウッセンは、若い頃アメリカに行ってライトと出会い、彼の建築思想に強い影響を受けました。
このオープンプランの家は、居間、台所、ダイニング、寝室、仕事部屋、子供部屋、暖房室がありました。 1962年に設計事務所用に離れが作られて、家全体で177uあります。 庭の大きさは1589uです。
これまで見学で訪れたアルネ・ヤコブセン、エドワード・ハイベアやクレメンセン夫妻の家は国の文化保存建物に指定されて、そこで家族が管理を兼ねて丁寧に生活していました。
この家は、文化指定を受けておらず、近くにあるデンマーク工科大学のゲストルームに使用されています。 さらにファッション雑誌の撮影スタジオにも利用されていますので、個人の家とは若干印象が違いました。
見学の日も居間で撮影が行われていましたので、台所には食べ物が散らかり、ダイニングテーブルの上にはヘアスプレーやメイクアップセットがおいてありました。 寝室や仕事部屋だった部屋はパソコン、カバンや衣類などが置かれ足の踏み場がないほどでした。 家全体に生活感がなく、雑然としていたのは残念でした。

家の内部は外壁と同じ黄色いレンガを使い、天井は木が張ってあります。 庭に面した窓からダイニングにやわらかい日差しが入って来ます。 居間にはレンガで作られた大きい暖炉が備え付けられ、この家の中心的存在です。 ウッセンが生活していたころの写真を見ると、暖炉の前に椅子や観賞植物がおいてあり、くつろぎの場所だったことが分かります。 暖炉の脇には大きな書棚があり、工科大学のゲストが残して行った本やウッセン自身が所蔵していた建築や芸術の本が幾つかおいてありました。 その中には丹下健三著書「伊勢」や1960年代に出版された英語の日本建築、浮世絵の本などがありました。
唯一面影を残す部屋は、増築の部分です。 ここで、工科大学のゲストが寝泊まりします。
寝室、台所もあり、居間にレンガの暖炉が置かれていました。 窓にライト風に木組みがされた鳥の餌箱がありました。

今年の4月末にRealdaina bygがローマハウスの家を買いました。 その家は記事第23号で触れた亡くなったヤコブさんの家です。
昨年の9月からヤコブさんの子供たちが売り出していましたが、なかなか買い手が付きませんでした。 家の値段は手ごろですが、築50年以上もたって床暖房、屋根、部屋など修理するところがあり、興味を持って見学に来た人は、修理代がかなり掛ることから躊躇していました。 今年の2月末にRealdania bygからヤコブさんの家を扱っている不動産会社に打診があり、関係者が家を調査見学に来て購入が決まったそうです。
Realdania byg は、本来同社が所有するアルネ・ヤコブセンやエドワード・ハイベアの自宅ように、ウッソンが設計したヘルベックにある自宅を取得したかったそうです。 現在息子のヤン・ウッソンがウッソンの自邸に住んでいますので、売り物ではありません。
Realdania bygは、ローマハウスを買った理由の一つとして、ウッソンの設計事務所に勤めていたヤコブさんの家はローマハウスができてから、一貫して同じ人が亡くなるまで住み続けていた点を上げています。 当初から同じ人が現在まで住み続けているのは、現在60件の家の内6件しかありません。 この50年間に10人以上所有者が替わった家もあります。
私が住んでいる家は、私たちで5番目の所有者です。 所有者が変わると、家は国の文化保存指定なので外見は変えられませんが、家の間取り、床や壁の色など内装はかなり変わります。 特に台所は、1960年代、1970年代のやぼったい台所から、最新式のシステムキッチンに変える人もいます。

もちろん購入の大きな理由はローマハウスがデンマークの有名な建築家ウッソンの設計であり、戦後のデンマーク住宅史を代表するユニークな集合住宅であるからです。 1987年に国の文化保存の指定を受け、内外から見学者が多い建物です。
6月1日からRealdania bygの所有になりました。 5月末に家族が家に残った最後の荷物や家具を取りに来ました。 ヤコブさんの娘さんは、懸案だった家が一段落したけれど、自分が育った家が売られてしまうのは、複雑な気持ちだと言っていました。
今年の秋に現状のままの状態で建物のオープンハウスがあり、その後家の修理工事が始まります。 2012年春には、アルネ・ヤコブセンなどの住宅のように、一般に貸し出す予定です。

写真は全て小野寺綾子氏撮影
全ての内容について無断転載、改変を禁じます。

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ウッセンの自宅正面玄関と車庫

■ ウッセンの自宅正面玄関と車庫。

■ ウッセンの自宅正面玄関と車庫。

正面玄関のランプはライト風

■ 正面玄関のランプはライト風。

■ 正面玄関のランプはライト風。

重厚な感じのする玄関側面と窓

■ 重厚な感じのする玄関側面と窓

■ 重厚な感じのする玄関側面と窓

居間は写真スタジオとしても使用されているので、ファッション雑誌の撮影がおこなわれていた。

■ 居間は写真スタジオとしても使用されているので、ファッション雑誌の撮影がおこなわれていた。

■ 居間は写真スタジオとしても使用されているので、ファッション雑誌の撮影がおこなわれていた。

中庭から居間を見る

■ 中庭から居間を見る。

■ 中庭から居間を見る。

離れ

■ 設計事務所として使われていた離れにある鳥の餌台もライト風、
離れは今工科大学のゲスト部屋として使用されている。

■ 設計事務所として使われていた離れにある鳥の餌台もライト風、
離れは今工科大学のゲスト部屋として使用されている。

正面前庭から見た家

■ 5月にRealdania Bygが購入したヤコブさんの家、
ヤコブさんはこの家ができてから2年前に亡くなるまで、この家に住んでいた。

■ 5月にRealdania Bygが購入したヤコブさんの家、
ヤコブさんはこの家ができてから2年前に亡くなるまで、この家に住んでいた。

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