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デンマーク ・ ヘルシンガーからの便り  19

「クロンボー城近くで始まった大きなプロジェクト」

2009/6/26小野寺綾子 / ヘルシンガー

ヘルシンガー市の観光名所は、なんといってもクロンボー城です。 1631-37年にクリスチャン4世によって再建されたクロンボー城はオランダルネッサンス様式の建物で、1600年にシェークスピアが書いた戯曲「ハムレット」の舞台になった城として有名です。

ウアソン海峡に要塞のごとく君臨するクロンボー城の美しさを鑑賞するには、陸からではなく、海上からスウエーデンに渡るフェリーやヨットから見るのが一番です。

クロンボー城は2000年にデンマークで3番目のユネスコの世界文化遺産に登録されました。 世界登録を受けて城の修理や城を取り囲む環境の総合的な整備が始まりました。 その一つは埋め立てられた堀の再現です。 城が建てられた当時、城は函館の五稜郭のように星型の稜堡が突出し二重堀で囲まれていましたが、道路工事や近くの造船所の建設などで堀がつぶされていました。 現在、堤を作り、埋もれた堀を当時のように再生する工事がおこなわれています。

ウッソンはシドニーのオペラハウスを設計した時、ウアソン海峡に突き出した地形に建つクロンボー城からオペラハウス設計のアイデアを受けています。 ウッソンはオペラハウスが建つ予定の岬とクロンボー城が立つ土地の二つの同じような地形条件を比較しました。
コンペの設計案がみな四角い建物の中、ウッソンの有機的な丸い形がユニークだったことで、審査員のサーリネンが見出して決めたことは神話になっています。 オペラハウスにはめ込んだ銘板はクロンボー城の近くの造船所で作られました。 ウッソンの父はこの造船所の技術技師でした。 町の中心部にあった造船所は町で一番大きい労働場所で、大型客船や貨物船が作られましたが、1970年代に倒産してから見る影もありません。

クロンボー城はユネスコ世界遺産になる前、城を見学する観光客にたいして、案内や場内の展示が非常にそっけなく不親切で、サービス精神が足りませんでした。 今は城の歴史はもちろんのこと、シェークスピアとハムレット劇に関する情報、城の地下牢にある国民の神話英雄ホルガ―・ダンスク像の解説など見学者に情報提供しています。 非公開だった塔にも登れるようになりました。 残念ながら、日本の一村一品運動のようにハムレットクッキーやオフェリアサブレーなどありません。(作ったら売れると思います)。 最近ヘルシンガーの駅前広場に、長い間クロンボー城の近くの人目につかない場所にあったハムレットとオフェリアの銅像が置かれました。

クロンボー城の一部に、デンマークの海運の歴史などを展示する海運資料博物館(Sofartsmuseu)があります。 城が世界遺産に登録されてから、別なところに海運資料博物館を移すことになりました。 その場所が、クロンボー城のすぐ近くにある旧造船所跡地です。 この春から旧造船所跡地では、海運資料館建設と同時に情報センター建設がはじまり、2台の大型クレーンが忙しく動いています。

情報センターと海運資料博物館は海のすぐ脇に建ちます。 ウアソン海峡は潮の流れが強いものの、内海のように一年中穏やかで、潮の満ち引きがほとんどなく、海岸ぎりぎりのところに家が立っています。

「Kulturvaerftet 文化の造船所」という名称で呼ばれている情報センターには、移転してくる中央図書館を中心に、500人収容規模の劇場、展覧会場、造船所史資料館などがはいる予定です。 市は1970年代に閉鎖してから残ったレンガの建物を会社、建築事務所(息子のキム・ウッソンも事務所を置いていた時期があった)、芸術家のアトリエなどに貸し出していました。 日本ならこのような場合、建物をすべて取り壊して更地にして、新しい建物を建てるのが一般的です。 2006年にこの情報センター建設の国際コンペがあり、内外から87点の応募がありました。 コンペの条件は茶色のレンガの旧造船所の建物を残すこと、クロンボー城より高い建物を建てない、クロンボー城の景観を邪魔したりするような建物は建てないなどの制限がありました。 一等を取ったのはオーフスの若手建築事務所AARTで、青木淳の事務所も入賞しました。 AARTの案は、旧造船所の中心建物の外壁部をガラスで覆い、そこに白い帆をはったような形にするものです。 旧造船所でコンペに参加した全設計図案を展示した時、多くの市民が設計案を見に来て関心が高いことを示していました。 AARTの作品は住宅、文化施設を中心にユトランドにありますが、コペンハーゲンのウアステッド地区にある学生寮の建物が知られています。

この情報センターの建設に膨大なお金がかかるので、金くい虫のプロジェクトの代わりに、古くなった小中学校の校舎やトイレなどの修理に使ったほうがよいと建設に反対する市民、市議会議員もいます。

クロンボー城から移転する海運資料博物館は、やはりクロンボー城の景観を損ねないため、情報センターに隣接する形で建物を地下に埋めます。 この博物館の設計は、デンマークでおそらく一番人気があり、華やかな活動をしている建築事務所B.I.Gです。 博物館は海運や造船所のイメージから、地下の吹き抜けが船の形をしています。 この資料館の建設費は主にデンマークで一番の富豪で,国にオペラハウスを寄付した海運業マースクの社長であるA.P.Moller夫妻の財団からでます。

工事着工まで、海に中に建物を作るため、耐久性や技術的な問題解決の調査に時間がかかりました。 クロンボー城側の駐車場の近くにお立ち台が作られ、造船所跡地で進行中の工事の様子をみることができます。

B.I.G(Bjark Ingels Group )は通称Big (ビック)で、オランダのMVRDVのもとで勉強したBjark Ingels(ビヤケ・インゲルス)を代表する建築事務所です。彼は以前別なパートナーと組んでPILOTという名で、ウアステッド地区にあるサメの歯のようにバルコニーが飛び出したユニークなVM houseと呼ばれるアパート群, 段々畑のように住宅が重なるThe mountainという名の住宅を設計したことで知られています。 B.I.Gの設計する建物は今流行の有機的なダイナミックな形の建物です。

B.I.Gは、2010年に上海である国際万国博覧会のデンマーク館の建設構成にかかわっています。 建物はデンマークと中国の共通のシンボルである自転車の車輪からヒントを得た白い螺旋状をしています。 建物の底の部分を海に見立て、ランゲリニアにある本物の人魚像が展示される予定です。

ヘルシンガーにビヤケ・インゲルスがPILOTの名前で設計に関わった建物として県立病院の精神科病棟があります。

精神科病棟は本館と渡り廊下で結ばれており、建物は事務室、入院部屋、患者の談話室など三つの違うそれぞれの棟を放射状になるように編成したものです。ガラスがふんだんに使われ非常に明るい感じです。 建物と建物の間には憩いの坪庭もあります。内部の壁の色は有名なゴッホのひまわりの絵から取られ、薄い青、黄色、緑などが使われています。
完成して3年くらいしかたっていませんが、壁のよごれや外側の天井がはがれて穴がありたりしているところがあり、施工が良くないのが気になりました。

写真は全て小野寺綾子氏撮影
全ての内容について無断転載、改変を禁じます。

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フェリーから眺めたクロンボー城と左端に旧造船所

■ フェリーから眺めたクロンボー城と左端に旧造船所

■ フェリーから眺めたクロンボー城と左端に旧造船所

クロンボー城の堤の修復と旧造船所

■ クロンボー城の堤の修復と旧造船所

■ クロンボー城の堤の修復と旧造船所

旧造船所で建築中の情報センター

■ 旧造船所で建築中の情報センター

■ 旧造船所で建築中の情報センター

完成予想図

■ 完成予想図:右側が堀が復元されたクロンボー城、
左側が旧造船所に完成する情報センターと海運資料博物館

■ 完成予想図:右側が堀が復元されたクロンボー城、
左側が旧造船所に完成する情報センターと海運資料博物館

海運資料博物館摸型

■ 海運資料博物館摸型

■ 海運資料博物館摸型

精神科病棟

■ 精神科病棟

■ 精神科病棟

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