デザインミューゼウムで、2015年10月8日から『デンマークデザインが日本文化から学んだこと』(展覧会名 Learning from Japan)展が始まりました。 この展覧会は、1800年末から現在まで、同美術館が所有する工芸品を400点ほど展示して、デンマークを代表するデザイナー、テキスタイルデザイナー、陶芸家、家具作家、建築家などが、日本の美術・工芸からどのように影響を受けて、どのような作品を作ったかという内容です。
『日本文化から学んだこと』展覧会は、2013年にミリアム・ゲルファー・ヨ—エンセン(Dr・Mirjam Gelefer-Jorgensen 1939〜)女史によって上梓され、デンマークのジャポニズムを網羅した約430ページの大著「1870年から2010年までの、デンマークの芸術とデザインにおけるジャポニズム」(原題 Japonisume paa dansk .Kunst og desigen 1870-2010)を基本にして構成されています。 1840年末に浮世絵を筆頭に日本の絵画、工芸がヨーロッパに紹介されてから、一世紀近く印象派を始めヨーロッパやアメリカの芸術、工芸、建築、写真などに世界的な強い影響をおよぼした広い芸術運動は、一般にジャポニズムと呼ばれています。
この本は、題名のごとく、日本の漆工芸、陶芸、浮世絵などがデンマークに紹介された時から、本が書かれた2010年までデンマークのデザイナー、陶芸家、工芸デザイナー、木工家具作家などが、引き続き現在でもどのように日本の伝統的な美術工芸や現代工芸からインスピレーションを受けているかという歴史的な比較研究です。 デンマークの現代の作家については、著者が直接作家にインタビューをして、作家の日本の影響などを具体的に聞いています。
著者のミリアム・ゲルファー・ヨ—エンセンは、大学や旧工芸美術館の図書館で上級研究員としてデンマークを初めイスラムやユダヤの工芸、デザインの研究をした工芸やデザインの専門家です。 彼女がこの展覧会の開催ために学芸員として参加しています。
10月7日夕方に開かれたオープニング式典では、デザインミューゼアム館長、文化大臣、ミリアム女史のほか、末井日本大使が挨拶をしました。 末井大使は、デンマークの作家が日本から大きな影響を受けているように、日本のデザイナーたちもデンマークから影響を受けていることに触れ、日本で「デンマークから学ぶ」という展覧会ができたら面白いと仰いました。
日本にデンマーク、北欧のデザインは、積極的に紹介されています。 一般の人にも、デンマークの家具が人気です。 若い層に北欧の小物ブームが続いています。 工芸、デザイン、建築などの分野でどのように、日本の作家が北欧から影響をうけたかという視点の展覧会は、これまでに開かれたことがないのではと思います。 椅子などは、デザイナーによって顕著にデンマークの家具作家からの影響をみることがありますが、実際どんな日本人の作家がいるのか、不勉強で即座に名前が思い浮かべることが出来ません。
展覧会は、年代順に展示され、日本の物をモチーフにした典型的なエキゾチックな絵画から、ジャポニズムの範疇であるとは簡単に断言できないような現在日常に使われている工業デザインまで続きます。
1878年でパリ万博があったころ、パリに居たデンマーク人の画家カール・マッセン(Karl Madsen 1855-1938)は、1881年に日本の花瓶、人形、扇などをモチーフにした日本趣味の絵を描いています。 1885年に早くも「日本の絵画」について本を書いています。 パリのジ—フリッド・ビング商会からデンマークの国立博物館、旧工芸美術館が日本の工芸品を購入した時期は、1884年ごろです。 1900年には、チボリ公園に「日本の塔」と呼ばれるエキゾチックな4重の塔が完成。 1902年には、コペンハーゲンの公園で、子供を含む男女日本人の団体が来て、三味線の演奏、曲芸、踊り、相撲などを披露した日本展が開かれました。
アーノルド・クロー(Arnold Krog 1856-1931)が1886年、パリのビング商会で、浮世絵などの日本の本を買っています。 その影響で彼が務めていたロイヤルコペンハーゲンの初期の作品は、浮世絵からそれまで陶器のモチーフになかった動物、鳥、魚などの絵付けを取りいれています。 陶芸では、茶道の茶入れ、茶碗の釉薬や形からデンマークの陶芸家が顕著に影響を受けています。
1940年にフゥ—ゴ・ハルバスタッド(Hugo Halberstadt)博士が、デンマークのナチスドイツ占領を恐れて、同美術館に寄付した日本の鍔(つば)の収集が素晴らしいです。 細かく分類された鍔や刀の装飾品を自由に引き出しから出して鑑賞することが出来ます。 この鍔の装飾に魅了されたデンマーク人のデザイナーがたくさんいます。 特にジャポニズムとは全く関係ないと思っていた、ト—ヴァル・ビネスブル(Thorvald Bindesboll 1846-1908)の個性的な銀細工、椅子、焼き物のデザインモチーフの根源は、日本の根来塗りや鍔(つば)モチーフであるかもしれないという提示は、興味がある所です。
漆工芸では、日本の漆作品とデンマーク人デザイナーがデザインした赤や黒のプラスチック製品が同時に展示されていると、全く区別がつかないほど両者が似ています。
建築分野では、ウッソンやヨーエン・ボー(Jorgen Bo 1919-1999)などアメリカ経由で日本の伝統建築から強い影響を受けた建築家がたくさんおり、一冊のまとまった本が書けるほど、日本からの影響は大きいです。 展覧会では、吉田鉄朗がドイツ語で出版した、「日本の住宅」の本が展示され、1954年にエリック・クリスチャン・ソーレンセン(Erik Christian Sorensen 1922-2011)が設計した自宅が大型パネルで紹介してあります。 小さめの6畳の畳が用意され、デンマーク人作家が作った大きい壺や日本の信楽の壺が並べられています。 別の畳には、ポール・ケアホルム (Poul Kjaerholm 1929-1980)の椅子PK20 やテーブルが置かれて、畳とすんなり調和しています。
明快で品のある時計や工業製品をデザインしたヤコブ・イェンセン(Jacob Jensen 1926-2015)や無駄をそぎ落とした造形で知られる建築家クヌード・ホルシャ—(Kund Holscher 1930-) がデザインしたドアの取手や室内金具なども展示してあります。
日本人がデンマークの家具が好きな理由の一つは、そこになにか東洋的な感触や造形を見いだすからだろと思います。 でも、ミリアム女史がインタビューした著名なデザイナーなどは、明らかに日本の影響を否定していると聞きました。 芸術家は、自分がどこからインスピレーションを受けたか言わないそうです。
展覧会会場では、2011年に三重テレビが制作した伊勢神宮式年遷宮に奉納した神宝の番組が上映されています。 作家が刀剣、弓、装束などを高い技術で精魂こめて宝物を作る番組です。 この番組がデンマークで伊勢神宮の講演会で紹介された時、この映像を見たミリアム女史が、是非展覧会で上映したい希望がありました。
約430ページのジャポニズムの本は、図版がたくさん取りいれられ、英語版もあります。 残念ながら、図版2点が上下逆、1点横になっています。 ミリアム女史が、日本語が読めないので、デザインミューゼウムの図書館から資料として使用したオリジナルの本が、間違って上下逆さまのままに登録されていたからです。 さらに、浮世絵画家の名前が、姓名と氏名が逆に書かれているのが気になりました。 英語圏では、多くの本、展覧会カタログでは、すでに知名度の高い葛飾北斎や安藤広重などは、その名前の通りの表記にされており、北斎葛飾ではありません。
ヨーン・ウッソンの娘、リン・ウッソン(Lin Utzon 1946-)はデザイナーとして有名です。 1980年代に、日本の和紙を手でちぎる手法に似たモチーフを、陶器や壁にプリントしていた作品がありました。 残念ながらその言及がありませんでした
。
この展覧会の特別のカタログや展示目録は作られていません。 前述のオリジナルの本がカタログです。 2017年がデンマークと日本が修好条約150周年記念ですので、「日本文化に学んだこと」の展覧会は、2017年12月末まで美術館では異例の長さで続きます。
■
写真は全て小野寺綾子氏撮影
全ての内容について無断転載、改変を禁じます。