北欧建築・デザイン協会 The Scandinavian Architecture and Design Institute of Japan. |
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フィンランドの人々と冬の暮らし |
沼尻 良 |
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地球上で最も北に位置する国の一つであるフィンランド。 フィンランドの人々の生活を見ていると、長く暗い冬を素直に受け入れ、いかに豊かに楽しく暮らしていくかという姿勢が観られます。
寒さは気温の差だけでは語れないことを彼らは私たちに気づかせてくれます。
タンペレ、ナシンネウラ展望台 (Nasinneula) からの冬の風景。
凍りついたような町を照らす、オレンジ色の淡い光を持った冬の太陽。
午前9時ごろに顔を出した太陽は午後3時ごろには沈んでしまう。 この写真は太陽が最も高く昇った昼12時頃のもの。
「北方圏」という言葉があります。
北方圏とは年間を通じ、冬の生活を中心に考えなければならない地域を指すそうですが、フィンランドは北方圏の中でも、もっとも北にある国に属します。
統計では、北緯60度以北に住む世界の人口のうち、その約40パーセントがフィンランド人です。 フィンランドでも南部に位置する、首都ヘルシンキが北緯60度、北部のラップランド地方にいたっては北緯70度で北極圏内にあります。 札幌が北緯43度ですから、この国がいかに北にあるかがわかるでしょう。
ヘルシンキを中心としたバルト海に接する地方は、大西洋を流れるメキシコ湾流と偏西風の影響で北に位置するわりには、気候が穏やかだといわれています。 しかし、1年のうちの半分は私たちのいう「冬」であることには変わりはありません。
6月、7月の短い夏が終わると、10月の半ばに雪が降り始めます。 降雪量は日本の雪国のように多くなく、積もっても1メートルぐらいです。 もっとも寒くなるのが1月と2月。 ヘルシンキでさえ、その平均最低気温はマイナス10度位で、ラップランドではマイナス20度から30度にまで下がります。 そして、春の雪解けは4月半ばから5月。 毎年5月1日に行われる「ヴァップ」という春の祭りが、小雪の舞う中で行われることも珍しくありません。
緯度が高いということは、気温とともに日照時間も私たちの常識とかなり違うことを意味します。
クリスマスの時期の日照時間は、ヘルシンキで約6時間。 朝。10時頃に顔を出した太陽は、地平線上を低く横に移動し、午後3時頃には沈んでしまいます。 ラップランドでは、太陽のまったく出ない黒夜の日が50日以上も続きます。 当然のことながら、夏は白夜です。
温暖で明るく淡く輝いた黄金色の太陽が、くる日もくる日も照り続ける「太陽の沈まない地方」になります。 私たちは、そのコントラスト激しさに圧倒されてしまうのですが、彼らは年間を通してそこで仕事をし、生活をし、豊かな文化を創りだしてきました。
広場でのアイスホッケー。
町のいたる所につくられた即席のスケートリンクからは、
子供たちの賑やかな歓声が聞こえてくる。
フィンランド人と話をしていると、よく「よい夏」「よい冬」といったことが話題になります。
「よい夏」とは、もちろん雨の少ない暖かな夏のことですが、「よい冬」とはどんな冬なのでしょう?
私たちの一般的な考え方では、温和な冬を思い浮かべます。 しかし、彼らの言う「よい冬」とは、雪が降り、身が引き締まるような気候のことです。
雪が降ると、光の反射で外が明るくなる、冬のスポーツやレジャーが楽しめる、私たちは乾燥してピリッと身が引き締まるような冷たい冬の空気が好きなのです、と彼らは言います。
そこには、長く暗い冬をじっと堪え忍び、ひたすら春の訪れを待つなどといった光景はまったく浮かんできません。 短い夏を思う存分楽しみ、そして雪の降る冬の到来を心待ちにしているかのようです。 事実、フィンランドで暮らしてみると、彼らがいかに自然の移り変わりを楽しみ、自分たちの自然を愛し、誇りをもっているかがよくわかります。
フィンランドの冬の暮らしとは、どのようなものでしょう。
1年の半分近くを氷点下の気温の中で暮らす、人口550万人の人々が世界有数の生活水準を維持し、冬も快適な生活をするためには、私たちの想像をはるかに越えた努力と多くの生活の知恵が必要であろうことは容易に推測できます。
道路の雪かきや社会施設の整備にしても、その維持には毎年膨大な費用がかかります。 そして、社会のあらゆるものに対して、寒さへの対策が必要となります。 例えば、飛行機や電車、バスなどの交通機関の安全な運行、船舶のための砕氷作業、冬でも施工可能な建築材料や工法の開発、屋外で作業する労働者のための衣服の開発などなど.....数え上げればキリがありません。
フィンランドの住宅の清楚な美しさを創りだしている大事な要素は、その開口部のデザインでしょう。
特色は、ハメ殺しのような大きなピクチャウインドと換気窓の組み合わせです。
暖炉
暖炉は住まいの中心、暖房にも、調理にも用いられる。
住宅を通して、フィンランドの人々の冬の生活と寒さに対する考え方を見てみましょう。
一般的な住宅の特色の一つは、どの家にも地下室があることです。 地面の凍結深度が1.5−2メートルもあるので、凍上を防ぐために基礎を深くする必要があります。 そこで、この基礎を利用して地下室を作るのです。 地下室の上部は1メートルほど地上に出ており、そこに窓を設けて採光や換気をします。 地下室にはサウナや機械室、倉庫などを設け、時には大きな食品貯蔵庫なども設置します。
フィンランドの住宅の規模は、日本のものとそれほど違わないのに全体的に余裕があるように感じる一つの理由は、この地下室が極めて有効に機能しているためです。
車庫は住宅に付属させるのが普通ですが、屋外の駐車場にはエンジンスターターの始動を容易にさせるための電気コンセントが設置されています。
自動車のトランクには牽引用のロープと砂袋、スコップが必ず入っています。
住宅の構造は、ほとんどのものがツーバイフォーの木造かレンガ造りです。 暖房は人の生死にかかわる重要な問題です。 都市部では地域集中暖房で温水暖房が一般的です。 温水工場で造った温水を地下のパイプで各家庭に供給し、コンベクターで暖房します。 郊外の住宅でも日本で使っているような灯油ストーブは、まず見かけません。 地下室に温水ボイラーを設置し、温水により暖房します。 室内の温度は、どの部屋も20℃に維持するというのが彼らの冬の常識です。
断熱材は壁や床に高密度のグラスウールを200ミリ、天井や屋根にいたっては300ミリ以上の厚さでヒートブリッジなどができないよう徹底して敷き詰めます。 私たちは、この断熱材の厚いのに驚いてしまうのですが、近年まだまだ厚くなる傾向にあるようです。
フィンランドの住宅の清楚な美しさを創りだしている大事な要素は、その開口部のデザインでしょう。
特色は、ハメ殺しのような大きなピクチャウインドと換気窓の組み合わせです。 3重ガラスで内開きのピクチャウインドを開けることは、窓掃除をするとき以外、日常生活ではありません。 毎日開け閉めするのは小さな換気窓です。 夏でもそれほど暑くならず、空気が乾燥しているので、通風や換気はこの程度で十分なのです。 大きな窓は、冬の柔らかな太陽の光を部屋中に入れ、窓下に設けた棚には鉢植えの植物やキャンドルを置いて壁面を美しく演出します。
西欧の国々では、一般にドアは内開きとします。 しかし、フィンランドでは外部に面するドアは全て外開きで沓ずりを設け、タイトに締まるようになっています。
建具は木製で、アルミサッシを使うことはまずありません。 結露をしないことや暖かな質感が好まれている理由でしょう。
建具といえば、どの家でも窓枠の外側に温度計を取り付けています。 屋外側に取り付けるのですが、メモリは室内側に向いていて窓ガラスを通し、外の温度がわかるようになっています。 外の温度を観ることは、フィンランドにいた頃の私の楽しみの一つであったのですが、人々は外出するとき、この温度計で外の温度を確認し服装を決めます。 これは、晴れていても気温が低かったり、雪が降っていてもそれほど低くないといったことが度々あるからです。 合理的な方法だと感心すると同時に、彼らの冬の生活の厳しさも察せられます。
フィンランドの人たちは住宅においても、カーテンよりブランインドやロールスクリーンを好みます。 黄色や水色など鮮やかな色は、白や白木の壁面にポイントを与えます。
寒冷地ですが、雨戸や断熱戸を設ける習慣はありません。 窓自体が十分な断熱性能を持っているからです。 夜になっても寝るとき以外は、あまりカーテンやブラインドを閉めないので、部屋の明かりは街並みに家庭のぬくもりを伝えます。 夜になると雨戸を閉め、真っ暗になってしまう日本の住宅地の様子とは大きな違いです。 人の心を温かくするというのは、こういったことにもよるのでしょう。
部屋の明かりといえば、一般に北欧の人々は、明かりや光の質に大きな関心を持っています。
仕事場の明かりと、住まいの明かりを明確に区別します。 住まいの明かりは、人々にくつろぎと暖かさを与え、夜の長い冬の生活では特に重要な要素の一つです。 光の質を丁寧に選択する必要があり、住宅には、赤みを帯びた光、つまり白熱灯を用います。 器具はコードペンダントやフロアースタンドなどが多く、天井面に直付けとすることはあまりありません。
また、人々は家の中に光の陰影を創ることを好みます。 刻々と変化する光と影は、とかく単調になりがちな冬の生活の中に自然の変化を取り込むことができるからです。
フィンランドのどこの家庭を訪ねても、室内がもので溢れているようなことはなく、シンプルなのはなぜでしょう。
これは、どうやら厳しい気候の中で、人々が実用に即して物を受け入れてきた、北方文化の厳しさとリアリティーに関係がありそうです。 家具やテキスタイル、食器などのフィンランド・デザインの特色をひと言で表現するならば、雪の白さと湖の青さを象徴した国旗に見られるような、デザインの清潔さとヒューマニズムということでしょう。
デザイナーは、極寒の気候に住む国民に、デザインを通して奉仕するという姿勢が製作思想の根底にあります。 著名な陶器デザイナーのカイ・フランクは、近年の素材の大規模な浪費に疑問を唱え、デザイナーは不必要な製品のデザインを拒否すべきであるとさえ言っています。 また、建築家アルヴァー・アールトは、金属の冷たさと光の反射、発する音の固さを避けるために、西欧で流行していたスチールパイプの家具を木製へと変えていきました。
この国で白木の家具が特に好まれるのは、暖かな質感と親しみやすい印象によるのでしょう。
フィンランドのさまざまな分野において、「省エネルギー」という概念が注目を浴びるようになったのは、1970年代初めに起こったオイルショックの時代からでした。
そして、70年代末には太陽熱利用や、従来型エネルギーに依存しない、いわゆるエコロジーハウスの実験的建築が始まったのです。 その考え方は、現在にまで引き継がれており、いろいろなアイデアにより多くの成果を上げています。
フィンランドのような緯度の高い、極寒の地に屋上や屋根に設置されたソーラーコレクターを見るのは、私たちにとっつて驚きです。 コレクターで集められた熱は、蓄熱壁や地下の蓄熱層に蓄えられ、熱搬送管により循環経路へと送られるというのが、一般的なシステムで、庭に何百メートルもの長さの地熱集熱パイプを埋める方法も、多く見られます。 しかし、フィンランドでは、緯度の低い地域の実績をそのまま置き換えるというわけにはいきません。 相互に補う合うさまざまなシステムの組み合わせを考えなくてはならないのです。 省エネルギーの考え方自体、そもそも素朴な農民的知恵であり、冬の厳しいこの地で昔から一貫して行われてきた手法でした。 それが安価なエネルギーの時代に失われただけで、今再びそれらの知恵が再評価されつつあるのです。 そして、ここでのエコロジーハウスの考え方も、ただ単に気密性であるとか、断熱性や太陽熱の利用といったものものでなく、さまざまな部位での省エネルギーで成り立っているのです。
日本のある外交官は、「寒さというものは同じでない。 ストックホルムの寒さと、モスクワの寒さ、そして東京の寒さは、気温の差のみではなく、それぞれに寒さの質が違うのである。 寒さは気温の差だけでは語られるものではない」と、彼の経験を通して語っています。
北海道の人たちが、東京の冬は寒いというのをよく耳にしますが、フィンランドの友人達も同様のことを言います。 彼らには長く暗い冬を素直に受け入れ、有意義にいかに楽しもうかという姿勢が感じられます。 寒さを感じるということは、住宅の造りや暖房設備はもちろん、衣服、家具、そして暮らし方にまで関係があるのでしょう。
そう考えると、もしかすると東京での冬の生活は、世界の中でもかなり寒く、私たちこそ冬を堪え忍んでいるのかもしれません。
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